GSX-R1100
GSX-R1100が発売された年について
80年代を代表する名車はきら星の如く大量に存在し、その時代を生きた人達のバイク談義はつきることがなく永遠と盛り上げることが出来るだろう。
今回はその談義で取り上げられる事も多いスズキ独自の油冷4気筒を採用したGSX-Rについて、特にGSX-R1100について紹介していこう。
1984年に油冷4気筒のGSX-Rが誕生し、GSX-R750が翌年の1985年に製造、さらに翌年の1986年にGSX-R1100は世界最速を目標にして発売された。
この1986年には何があったのかを改めてチェックし、当時を生きてきた人はイメージしやすくしておこう。
まず1986年はチェルノブイリ原発事故や三原山噴火があった年であり、当時はニュースを見て愕然とした人が多いだろう。
さらに、有楽町で3億円事件が発生した年でもあり色々と世の中を賑わせていた。
他には富士フイルムの『写ルンです』が発売された年でもあるが、お世話になった人も多いだろう。
GSX-R1100が名車と呼ばれる理由
基本的にGSX-R1100は前年に発売されたGSX-R750のコンセプトを色濃く受け継いでおり、車体設計と外観からもそれが現れている。
何度もモデルチェンジを繰り返したGSX-R1100であるが、最初期モデルでもすでに油冷エンジンで130馬力を計測しておりそれだけで如何にハイパワーの化け物なのかがよくわかる。
また、ライバルのカワサキZZR1100やヤマハFZR1000と対抗すべくモデルチェンジを繰り返して性能がアップし続けたのも名車と呼ばれる所以だろう。
毎年のように改良が加えられ、さらに1993年に水冷エンジンまで採用するにいたるのだ。
その結果、馬力が155馬力にまで到達し、量産車では再現不可能とまで言われるレベルに到達してしまった。
こんなロマンが溢れるバイクに憧れないものは珍しく、まさにパワーだけでも注目される存在になったのだ。
油冷4気筒は死ななかった
GSX-R1100も大幅なモデルチェンジによって水冷4気筒エンジンにシフトすることになり、油冷4気筒が姿を消すと思われていたが、そんなことはなくGSF1200に受け継がれることになる。
このGSF1200は油冷(空冷)エンジン特有の低速から感じられるトルクフルを存分に感じることができるようになっており、初期のGSX-R1100を彷彿とさせる人も多いのだ。
最終的にハヤブサになる
GSX-R1100で培った油冷エンジンの技術はGSF1200を筆頭に数多くのバイクに受け継がれることになるが、水冷となったGSX-R1100は最終的にハヤブサへと姿を変えることになる。
通称ハヤブサは『GSX1300Rハヤブサ』の名前があり、スーパースポーツを超えるための究極マシンとしての位置づけをされているのだ。
その名も『アルティメットスポーツ』であり、このハヤブサは312 km/hの性能を発揮し20世紀最速市販バイクになることが出来たのはあまりにも有名な話だ。
こういった話があるからこそ、油冷のGSX-R1100はより注目されるようになった。